「あの日」風化しない 日本海中部地震から25年
犠牲者遺族ら慰霊祭
http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/akita/news/20080526-OYT8T00825.htm
子供たちが津波に巻き込まれた浜辺で手を合わせる遺族(男鹿市戸賀加茂青砂で) 県内で83人が犠牲となった日本海中部地震から25年がたった26日、地震による津波で命を落とした児童を供養する慰霊祭が行われた。亡くなった子供たちの遺族は、「あの日」を思い起こしながら手を合わせ冥福(めいふく)を祈った。同地震を教訓に「県民防災の日」と定められたこの日は、大地震を想定した訓練も実施。県民は節目の年に、防災の意識を新たにした。
合川町(現北秋田市)の合川南小学校の児童13人が亡くなった、男鹿市戸賀加茂青砂の浜辺の近くに建つ慰霊塔前では、遺族8家族や地元住民ら約40人が子供たちの冥福(めいふく)を祈った。
浜辺では、同小4、5年の児童45人と教諭が、遠足で昼食を取っていたときに津波に巻き込まれた。
8家族らは慰霊塔の前に、弁当や缶ジュース、お菓子などを供え、合掌。その後、浜辺に移動し、波間に花束を浮かべるなどして、海に向かって手を合わせた。
長女民子さん(当時11歳)を亡くした北秋田市三木田の農業、三浦欽一さん(63)は「(津波の記憶が)心の中で風化することはない」と話した。
二女信子さん(当時10歳)を失った同市芹沢の農業、土濃塚(とのづか)謙一郎さん(63)も「25年たったと言うが、まるで昨日のように思い出される」と語った。
同市三木田の同小ではこの日、全校児童43人が参加して慰霊祭が行われた。
雨のため、体育館で行われた慰霊祭では、祭壇に花や缶ジュースを置き、松尾昭校長や児童ら4人が献花し、黙とう。当時、母方のいとこが犠牲になったという6年の蛯名貴斗君(12)が「皆さんの分まで勉強やスポーツを頑張り、元気に暮らしていきます。いつまでも僕たちのことを見守っていてください」と、天国の“先輩たち”にメッセージを伝えた。
《防災意識新たに訓練や講演会》
午前6時30分ごろ、秋田県沖を震源とするマグニチュード7・7の地震が発生し、沿岸部に津波被害が起きる恐れがある――との想定で、26日、県と全25市町村、県警、全消防本部、自衛隊、秋田海上保安部などから約1300人が参加して防災訓練が行われた。
県庁では、寺田知事を本部長とする県災害対策本部を設置。各市町村から死傷者や土砂崩れなどの状況が伝えられ、消防や警察、自衛隊に出動を要請した。
一方、能代市では26日朝、津波に備えた訓練が行われ、海岸に近い同市清助町など6自治会の住民100人が高台にある市立能代第一中学校に避難した。参加した下川反第1自治会長の大山正雄さん(72)は「今日はとても実践的な訓練ができた。日ごろから防災の意識を高めておきたい」と話した。
能代市はこの日の訓練で、市内3か所にある、津波警報を伝える防災無線のスピーカーのうち、同市大森山の1か所で放送ができなかったと発表した。
また、県庁では、「『県民防災の日』シンポジウム」も開かれ、秋田大の高橋智幸准教授(水工学)が「これからの津波防災を考える」と題して講演した。
高橋准教授はインド洋津波の事例をもとに、「津波が来る前に『海が引く』と言われるが、海面が低下しない場合もある。地震を感じたらすぐに海岸から離れることが大事」と述べた。
また、地質が複雑な日本海側は地震の予測が困難で、ハザードマップにあらゆる被害想定を取り入れ、「誰もが被害者になる」という意識が必要だと強調した。
《校舎耐震化 早急に》
寺田知事は26日の定例記者会見で、今後の防災対策として「学校の校舎の耐震化ができていないところは早めに対策をしないといけない。優先的に予算を付けざるを得ない」と述べた。
政府は、中国の四川大地震を受け、公立小中学校の耐震化促進のため、自治体への国庫補助率を原則2分の1から3分の2に引き上げることを決めている。
寺田知事は「国が補助率を上げたのを弾みにして、市町村に早くやっていただきたい」とし、県の貸し付けを進める考えを示した。
県内の公立学校の耐震化率は小中学校60・8%、高校39・4%、特別支援学校70・6%にとどまっている。
(2008年5月27日 読売新聞)