社説:大地震から25年 被災体験を共有したい
日本海中部地震から明日で25年となる。1983年5月26日、県内はマグニチュード(M)7・7の大地震に襲われた。104人の死者のうち83人は県内の犠牲者だった。この25年間に国内では阪神大震災、新潟県中越地震などの大地震が発生し、中国では12日に起きた四川大地震の混乱が収まらない。言い古された言葉だが、備えは決して怠れない。
http://www.sakigake.jp/p/editorial/news.jsp?kc=20080525ay
災害は忘れたころにではなく、油断しているすきを突いてやってくるという感が強い。日本海中部地震以降、地震に対する県民の関心は飛躍的に高まり、地震直後の津波も警戒するようになった。104人の犠牲者のうち100人は津波で死亡したのである。活断層、液状化現象、地球のプレートの沈み込みなど、専門用語も身近なものになった。戒めなければならないのは知識の増加による慢心だろう。
学術的には地震のメカニズムが分かりやすく解説され、近未来の大地震が予知されるようになった。本県沖には、今世紀初期に大地震を引き起こす恐れのある地震空白域が存在すると指摘されている。昨年の新潟県中越沖地震では原子力発電所も被災した。その調査から原発の耐震性の向上が必要になったように、学術的な研究成果を社会に生かす努力は不可欠だ。
建物の耐震強度は、国内では偽装事件で注目されたが、強度不足の建物は大地震に遭えばひとたまりもない。四川大地震での建物崩壊現場は、悲惨の一言に尽きる。死者は8万人に達する可能性があるとされ、犠牲になった子どもたちも多い。何しろ6500を超える学校が崩れ落ちた。校舎の耐震強度はどうだったのか。ひとごとで済ますわけにはいかない。
知識の有無が生死を分けることもある。日本海中部地震で津波の犠牲者が多かったのは、今では常識となった津波の来襲が念頭になかったためとみられる。同じようなことは2004年のスマトラ沖地震でも起き、20万人以上が津波で亡くなった。日ごろから、いざというときに生かせる正確な知識を備えておきたい。
四川大地震では被災直後の救援態勢も課題として浮上した。高度の技術を持つ日本の援助隊がもっと早く現場に到着できれば、救える命は多かった可能性がある。サイクロン被害が甚大なミャンマーについてもいえることだが、大災害時に国の威信や体面などへのこだわりは不要であり、国境を越えた協力体制の構築が必要だ。国内での災害時にも広域的な対応が欠かせず、その備えも必要となる。
さらに被災後のライフラインの維持、二次災害の防止、被災者への医療・精神面でのケアなど、必要な対策は多い。被災体験を風化させてはならない。被災地が体験を伝え、知識や災害時の対応の仕方を国際的に共有できれば、被害を大幅に減らせるに違いない。
(2008/05/25 09:56 更新)