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四川地震の教訓:「発展第一」から「和諧社会」建設へ

中国を読み解く視点(65)-高井潔司(北海道大学教授)

http://news.searchina.ne.jp/disp.cgi?y=2008&d=0520&f=column_0520_003.shtml

  中国の四川大地震は18日までに死者が3万人を越す大惨事となった。この事件に関する報道についてコメントするが、まずはその前に多数の犠牲者に対して哀悼の意を表するともに、昼夜分かたず救援活動に当たっている人々に敬意を払いたい。多くの報道も、2次災害や様々な困難にもかかわらず、現場の悲惨な姿や切実な声を伝えており、内外の同情を喚起し、支援の輪を拡大している。揚げ足を取るような批判は慎まなければならない。

  しかし、一部の日本における報道には、依然として中国バッシングに走る“ためにする報道”も見受けられる。他方、中国側の報道には、当局の指示の下に、相変わらずの宣伝報道が目立ち、対外的にはマイナスイメージを与えかねない内容となっている。

◆チベット問題と結び付けたがる日本の一部メディア

  年初から、農薬混入の中国製冷凍ギョウザ事件、続いてチベット暴動、北京五輪聖火リレーへの反対行動、そしてそれらの中国のほころびを繕う形となった胡錦濤国家主席の来日。中国をめぐるニュースが続いた。その度に、内外のメディアは札幌在住の筆者にまで取材の電話やメールを入れてくる。今回の地震だけは、いくらなんでもと思いきや、あるテレビ局の記者が電話を入れてきた。

  「温家宝首相が直ちに現場に赴いたのは、やはりこの地域にチベット族が多く住み、最近も治安情勢がよくないからではないか」

  「いや、チベット族が多く住んでいるとかいないとか、関係ないでしょう。こんな規模の災害になれば、中国の指導者が現場に行き、陣頭指揮を執る。実効はともかくそういう意気込みを示すことで大衆の支持を繋ぎ止めようとする。今年の旧正月も大雪で、列車が止まり出稼ぎ労働者たちが故郷に戻れないとなると首相は広東など現場に出たのは記憶に新しいでしょ」

  いろいろと説明するのだが、記者の方は地震とチベット問題を結び付けたくて仕方がないものだから、質問はぐるぐる回り、もう会議があるのでと勘弁してもらった。こんな発想でこの地震を見ているのはこのテレビ局だけかと思ったら、事件からほほ1週間経った18日の「サンデーモーニング」でも女性キャスターが指導者の現場訪問の背景にチベット問題、治安問題ありという見方を紹介していた。コメンテーターの中にTBSの元北京支局長がいて、私同様の見方を披露してやんわり否定していたが、ワイドショーには視聴者に先入観を与える、いや視聴者の先入観に合わせて、専門家のコメントを取ろうとする姿勢がある。

  日本のマスコミはほとんどが北京や上海に支局を置き、日常的に中国をウォッチしているのだから、その程度の蓄積は共有しておいてほしい。それがないなら、ワイドショーなどで、報道問題を取り上げるべきではないだろう。私は直接見ていないが、解放軍の派遣を現地の治安維持のためだと放言した評論家もいたという。大きな意味で言えば、災害の救援活動も治安維持であろうが、この評論家のいう治安維持は意味が違う。チベット族の暴動再燃を防止するためだというわけだ。

  一方、中国が日本の救援隊の受け入れを決める前夜のテレビ朝日の報道ステーション。古舘キャスターは、ミャンマー同様に国際支援を受け入れない中国の頑なさを批判したくて、コメンテーターの加藤千洋元朝日新聞北京支局長に話を振るが、加藤氏は中国専門家らしく「現場はまだまだ混乱していて受け入れ態勢ができていないでしょ」といなした。結局、翌日、中国政府は受け入れを表明し、日本の救援隊は発生から3日後現地に入った。残念ながら、やはり現地入りが遅れ、生存者を救出することができなかった。ただ、あの現場の混乱の中で、受け入れを早く表明したとして、受け入れ態勢が本当にできていたのかどうか、あらためて吟味する必要があろう。

◆指導者、救援活動の賞賛報道は中国当局の指示

  一方、中国側の報道は、現地で陣頭指揮をする指導者、現場での救出活動の成功の賞賛に終始し、困難に立ち向かうための団結心、愛国心を強く掲げる報道が目立った。それに共鳴して多くの国民が現地に赴いてボランティア活動に参加したり、世界各地で募金活動も繰り広げられた。

  しかし、救援活動の遅れや不備、そもそもこれだけの被害に発展した地震対策の遅れ、「おから工事」と言われる手抜き工事など問題の背景や教訓に関する報道が中国国内では極めて少なかったと言えよう。

  19日付の日本経済新聞には、「中国メディア、自由度拡大?」「速報・独自報道目立つ」という意外な記事が掲載されていた。これはどうも「誤解」に基づく記事ではないかと推測される。「速報」といっても、それは国営新華社通信が政府から権限を得て独占的に報道しているもので、それぞれのメディアが独自に速報しているわけではない。ようするに「情報」はすべて政府が管理して、新華社が内外のメディアに流している。以前に比べ速報体制になっているが、報道の質の問題は相変わらずだ。独自の報道でいくつか当局を批判したり、皮肉る記事もあるが、これは現地から遠く離れた広東を中心にした、これまでもすれすれのところで政府を批判してきた新聞ばかりだ。事件が一段落すれば処分される恐れが十分にある。2003年の新型肺炎SARS事件と同じ構図である。

  というのは、今回の報道方針については、地震の発生した12日の夜、最高指示が出ている。地震発生を受けて、中国共産党中央の思想・イデオロギー・宣伝部門責任者の李長春政治局常務委員(党内序列5位)が中央のメディア幹部を呼んで、「中央政治局常務委員会の精神」として、今回の地震に関する報道方針を伝えている。それは14日の人民日報によって公表され、現場の記者たちにも周知されている。

  つまり「ニュース宣伝戦線は、党中央の精神を真剣に貫徹、実行し、政治意識、大局意識、責任意識を増強し、党と人民に対する高度な責任の精神を以って、必ず正確な世論の動向をしっかりと掌握し、団結・安定の固い意志を堅持し、プラス報道を主とし、大いに万民の心を一つになるよう盛り上げなければならない」というものだ。

  その上で、李常務委員は人民日報、新華社、中央ラジオ局、中央テレビ局など直属のメディアが最初に最前線に赴き、党と政府の、地震との闘い、救助活動の宣伝報道活動を全力で行い、党中央、国務院が人民の安否を気遣い、救援工作を高度に重視し、災害地の人民大衆の生命の安全に対処する配置を行っているかを大いに宣伝しなければならないとしている。つまり、発生直後から、党中央は、国内の直属メディアが報道の主導権を握り、党と政府の救援活動を宣伝するよう指示しているのである。

◆生かされなかったSARS蔓延の教訓

  中国は近年、大規模な災害や環境汚染、伝染病の発生が相次ぎ、そうした突発事件に対応するための「突発事件対処法」が制定され、昨年11月から施行されている。対処法で、まず予防を第一に、大規模災害に対する予測体制、避難体制、災害後の救援体制などの整備について、細かく規定されている。今回の地震では、その法律の趣旨がほとんど生かされていなかったと言えよう。

  この法律では、突発事件に関する報道についても1.政府による情報の統一的管理、2.虚偽報道の処罰という形で、従来の報道規制を貫いている。この法律制定をめぐっては、それこそ今回、独自報道をしたと言われる広東の大衆向け新聞が批判の評論を掲載した。広東の新聞記者の間には、SARS報道の際、政府が情報隠しをしたことが、感染を世界に広げてしまったという思いがあり、当局の法律制定に対する異例の批判評論だった。

  しかし、国内メディアの報道に対して、基本的には従来通り当局が管理する方針が取られ、外国メディアに対しては、情報の早い提供や現地取材の許可を与えたようだ。これは外部からの批判をかわすためであって、当局にとっての「安全が第一」という方針とそのための報道対策には変わりがなかったと言えよう。

◆和諧社会建設のスタートとすべき

  ただ今回の事件をめぐっては、国民哀悼の日が設けられ、全国的な追悼行事が行われた。中国では対外問題で大衆世論の盛り上がりがあるが、国内問題では1989年の天安門事件以来抑えられてきた。

  今回の地震の被害がこれほどの規模になった背景の一つには、改革・開放路線のひずみが露出したといわれる。沿海地域との格差の拡大が大きくクローズアップされる中、一番の低層部分、弱い部分に被害が集中したのである。中国政府は21世紀に入って、こうしたひずみを是正し、「和諧(調和の取れた)社会」の建設をスローガンに採用した。

  しかし、現実には北京オリンピック開催などに向けた沿海都市部の改造が大いに進められて、依然として「発展第一」主義が貫かれている。今回の災害を教訓に、中国はやはり「発展第一」から「和諧社会」建設への転換を国民的に決意し、着手する時期に入っているのではないかと痛感する。そのためには、いつまでもメディアに宣伝だけを押し付ける体制を転換する必要があるだろう。

  写真はフランスの中国大使館で行われた追悼式典のもよう。仏サルコジ大統領も参加し、記帳した。

■関連コラム

・胡錦濤主席の来日は「大局」理解を促す旅となるか(2008/05/06)

・チベット暴動:胡錦濤路線の真価が問われる中国(2008/03/18)

■四川大地震(2008年5月) - 中国情報局ニュース特集

【執筆者】

高井 潔司(たかい きよし)

北海道大学大学院国際広報メディア研究科教授、日中コミュニケーション研究会理事長、1972年東京外国語大学中国語学科卒業。読売新聞社入社、上海特派員、北京支局長、論説委員など歴任。天安門事件、トウ小平逝去などを現地で取材。2000年より現職。中国メディアの研究を中心に、日中関係、現代中国政治などが専門。

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